大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(う)3081号 判決

本籍

茨城県稲敷郡桜川村大字甘田一三二五番地

住居

千葉県習志野市藤崎二丁目一番三〇号

会社役員

坂本清

昭和三年四月四日生

本店所在地

千葉県習志野市藤崎二丁目一番三〇号

恒陽開発株式会社

右代表者代表取締役

坂本清

右被告人坂本清に対する所得税法違反、法人税法違反、被告恒陽開発株式会社に対する法人税法違反各被告事件について、昭和四九年一〇月二九日千葉地方裁判所が云い渡した有罪判決に対し、被告人坂本清および被告恒陽開発株式会社からそれぞれ適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人坂本清を懲役四月および罰金二〇〇万円に、被告恒陽開発株式会社を罰金七〇万円に処する。

ただし、被告人坂本清に対しこの裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

被告人坂本清において、右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人坂本および被告会社作成名儀の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、つぎのとおり判断する。

所論に基づいて検討するに、被告人坂本は、資金を蓄積して自己の営む不動産業を拡張しようとし、昭和四六年分、同四七年分の所得税合計一、一六六万二、二〇〇円を免れ、さらに、被告会社の代表取締役として同四七年四月二七日から同年八月三一日までの法人税三四三万八、二〇〇円を免れたものであるが、そのほ脱の方法は、土地の売買につき二重の契約書を作成するほか、土地販売手数料を除外し、これらの収入を仮名、家族名義の普通預金、定期預金にし、さらに証憑書類を焼却するなどして所得を秘匿したうえ、過少申告書を提出したものであつて、本件ほ脱の罪質、動機、態様、方法、ほ脱金額、その他同被告人が昭和四八年四月ころ千葉税務署職員によつて調査を受けるや取引先に働きかけて証拠の隠滅を図つたことを考えると、被告人坂本および被告会社の犯情は決して軽いものではない。しかしながら、被告人坂本がその後自己の非を深く反省して被告会社の分を含めて修正申告書を提出し、本税、重加算税、延滞税、地方税などを完納していること、その他所論指摘の酌むべき点を斟酌すると、原判決の量刑はいずれも重きに過ぎると認められる論旨は理由がある。

よつて、本件控訴は、理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について、さらに判決することとする。

原判決が適法に確定した事実に原判決と同一の法令を適用処断した刑期および罰金額の範囲内において、被告人坂本を懲役四月および罰金二〇〇万円に、被告会社を罰金七〇万円に処し、被告人坂本に対し刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、同法一八条により右罰金を完納できないときは金一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置することとする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 石崎四郎 裁判官 長久保武)

○ 昭和四九年(う)第三〇八一号

控訴趣意書

被告人 坂本清

同 恒陽開発株式会社

右被告人坂本清に対する所得税法違反、被告会社に対する法人税法違反各被告事件について、左のとおり控訴趣意書を提出する。

昭和五〇年二月三日

右 被告人 坂本清

被告会社 恒陽開発株式会社

代表取締役 坂本清

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

原判決は刑の量定が不当であるから、破棄のうえ、罰金額を減額されるべきである。

一、逋脱犯について考慮されるべき情状。

逋脱犯は詐欺犯の特別類型の一つとされています。従いまして、情状とも量刑に反映する要因は、動機、不正手段の方法、逋脱金額、犯後の納税による被害弁償的行為の存在、重加算税の納付と思料されます。

以下右事項に従つて、意見を陳述します。

二、逋脱の動機。

被告人坂本は昭和四五年ころ、自ら不動産売買業を営むことを決意し、会社員を退め、不動産取引をはじめたが、将来法人成りをし、そのためには事業資金の留保が必要であると考え、所得の逋脱をするに至つたものである(乙ノ問一二)。

個人から法人成りすることは、銀行融資をうけるにしても、有利でもあり、弱小企業にとつては融資をうけるには、預担が信用度を高めることになるため、銀行預金として社内留保する必要があるのであります。特に不動産業は事業用として土地を購入するため多額の資金が必要であり、金融機関との取引は欠くべからざるものがあります。

そのような事情があり、かつ、事業開始日も浅いこともあつて、やむを得ず所得の逋脱を図つたものであります。

右のような動機があつたことは、逋脱所得を預金化したり或いは事業用不動産の取得費にあてていることからも明白のことと考えます。

三、不正手段の方法について。

被告人ならびに被告会社は売上除外、販売手数料除外の方法で逋脱したものでありますが、除外した金は普通、定期預金に預け入れ、然も実名で預金していたのであります。そして仮名預金を設けたのは昭和四七年になつてからであります(甲79参照)。

このような除外金の処理は銀行調査が実施されれば、入出金の追跡により詳細は判明するものでありまして、もし、被告人において自己の利益を図るものがありましたならば、このような方法はとらないのであります。専ら事業資金の留保のためであります。

このような点を考慮されるならば不正手段の違法性は軽微と考えます。

四、逋脱金額について。

所得税について昭和四六年分一、〇六五万円、昭和四七年分二、〇〇〇万円、法人税について九七七万円が逋脱所得である(甲1748参照)が、

その逋脱実行の回数はそう多くなく、特に法人成りした後は逋脱所得額は少額となつている。

これは、被告人坂本が法人成りのために逋脱を企図したことを物語るものと考えます。従いまして、金額のみにとらわれず、逋脱の意図内容によつて刑の量定をされるべきと思料します。

五、逋脱後の納税状況。

被告人は昭和四八年九月六日修正申告を千葉税務署長に提出し、同日昭和四六年分二五四万八、四〇〇円、同四七年分九三二万五、三〇〇円、翌九月七日二万三、七〇〇円を完納(甲83参照)し、被告会社は同四八年九月六日同様四〇一万三、二〇〇円の税金を納付(甲82参照)しており、地方税として被告会社は一八二万五八七〇円(大島昇作成の書面参照)、被告人は二七万二、二九〇円を納付し重加算税を含めて、逋脱所得に相当する額を納付している。

また本件後は適正な申告をなし被告会社の不動産を売却して納税をしている(被告会社提出の納税領収書、土地売買契約書参照)。

六、被告人の前歴

被告人はクリスチヤンで日常生活については毎月教会に寄付をする以外での家庭生活は質素であつて(乙4参照)、逋脱した所得を遊興費に使つたことはない。また前科歴は道路交通法違反がある程度で量刑上問題となる前歴はありません。

七、本件後における経済情勢の変化

逋脱犯は国家財政に対する侵害行為であると思料されますが、石油シヨツク以来、国はあげて、総需要抑制策、金融の引締め政策をとつております。このため金融機関の融資によつて企業維持をしてきた不動産業者の倒産は相当数にのぼつております。

被告人ならびに被告会社もこの例にもれず、金融状勢におされ資金的に困窮な状態にあります。

逋脱犯の性格からみて、国の財政政策の変化の事情も量刑上考慮されて然るべきと思料します。

八、結び

以上の諸事情を総合しますと、原判決の被告人に対する罰金三〇〇万円、被告会社に対する罰金一〇〇万円は刑の量定において不当と考えますので破棄され、相当額を減額されるべきと考えます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例